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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和29年(ワ)296号 判決 1957年2月08日

原告 山村次義

被告 潜龍砿労働組合

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告組合が原告に対し昭和二十九年五月二十四日になした除名処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、被告は訴外住友石炭鉱業株式会社潜龍砿業所の従業員を以て組織する労働組合であり、原告は同砿業所の第三水平一号払の責任者でその組合員である。被告は原告が被告組合規約第八十三条第二号及び第三号の組合の統制秩序を紊しその名誉を毀損したものに該当するとして、昭和二十九年五月二十三日同組合の大会において除名決議をなし、翌二十四日その旨原告に通達し、その為原告は前記会社から会社と被告組合との間に結ばれている労働協約のユニオンショップ協定に基き被告組合から除名された故を以て解雇され現在に到つている。併し乍ら右除名決議は違法無効な処分であるからその無効確認を求める為本訴請求に及んだと述べ、被告の主張に対し、先ず被告はその除名事由として原告の辻田係長宅における言動と併せて原告の一齊一時間休憩違反を掲げているが原告を除名した組合大会において除名事由としてとり上げられたのはあくまでも前者だけであつて、あとの一齊一時間休憩違反の点は情状の問題としてとり上げられているに過ぎないのであるから、これを同列に除名事由として主張していることは事実に反し全く信義に反する行為といふ外はない、のみならずその除名事由とするところは全く架空のものであるか或いは誤認に基いたものの積み重ねに過ぎないといふべきである。即ち原告は被告組合の闘争期間中も組合員として被告組合の指令を忠実に履行していたのであつて三月十四日も同日被告組合の採炭小委員会が開かれる予定になつていた為右委員会の委員である原告はこれに出席の為焼酎二合を飲んで午後二時頃家を出たが、委員の出席悪く流会になり已むなく帰宅の途次同僚の松尾と共に日暮食堂に立寄り二人で約八百円一人当五合程を飲酒し乍ら雑談したが、その際松尾はしきりに職場の話をするので、原告は「こんなところで仕事の話は止めよう」と云つて話題を変へようとしたが、松尾は「今の責任者は辛いから上役のところに行こう」と云い出して原告を誘つたので午後五時半頃同食堂を出たものの、日頃焼酎を三合も呑めば酔つてしまふ原告は食堂を出た時から既に相当酔つて居りモーローとしていたか、途中グランドで上司である辻田係長やその他の者が野球をしているのを見かけて立寄つた。しかしその後のことは原告として全く記憶がないが、聞くところによると原告は右グランドで野球の仲間入りをしたらしく、続いて辻田係長宅にも行つているらしいが、これ又全く記憶がないのである。よつて同宅における原告の発言も既に責任を欠く行為であり何ら懲戒に当らないし、かかる状態での行為を懲戒することは全く苛酷に過ぎ妥当を欠くのみならず、被告の主張するところは事実を全く誤つて解釈したもので到底承服出来ないものである。即ち辻田宅訪問の動機が前述の通りである上に証拠によつて認められるところによつて見ても原告は松尾と共に辻田係長宅を訪ね早々に「川副課長宅を探したが分らなかつた」と云つたところ、辻田係長が川副課長を呼び出し四人で約一時間乃至一時間半に亘つて飲酒雑談したが、談偶々人の上に及び川口、林田等の名も出たが、原告は殊更に同人等の人物月旦をなしたものではなく又人員移動の話も出たがこれとても原告の払責任者たる性格即ち原告等の従事する払の作業が団体請負作業であるところから払全員の増収を図る為に一般的に気の合つたチームワークのとれる者が集められることが望ましいといふ払責任者としての当然の気持を表明したに過ぎず、特別川口、林田等が組合的であるから気が合はず同人等を替へて欲しいと要請したものでないことが明かである。又その際休憩一時間指令を批判したとの点についても、このことは川副課長から話題として出されたが原告はこれに対して別に批判がましいことも云つてない。又右訪問が闘争中になされたといふ点については被告も一部認める如く昭和二十九年一月二十八日以降の資金闘争は同年三月八日中央における賃金協定(通称中央協定)の成立と同時に被告組合の出した闘争中止宣言により終了し、その後右中央協定に基き同年四月十九日から被告組合と会社間の賃金山元配分の為の交渉がはじまる迄、即ち三月八日以降四月十九日迄の間は被告組合と会社との間には何等の意見の不一致も団交も係争事項もなかつたのであるから闘争中とはへないのであつて、被告組合が右行為を以て組合規約第八十三条第二号第三号に該当するとしたのは全くその適用を誤つたものといふべく、爾余の情状の点については論ずる迄もなく本件除名は無効とせらるべきである。因みに、情状として掲げられている一齊一時間休憩違反の点については全く架空の主張であつて原告は時計を以て正確に一時間休憩を確認して仕事を開始していたのである。かりに百歩を譲り黒田、下薗が確認したといふ指令違反を認めるとしても、それは一月三十日ただ一回だけのことであり、而も右指令自体余り厳格なものではなかつたのであつて、とつて以て除名の事由とする被告の主張は当らない。

原告に反省の色がないといふ点については原告としては全く身に覚えのないことであるから本来反省すべき理由が存しないのである。

以上被告組合が原告を除名処分にしたことはその理由が全く存せず無効であることは論を俟たないところであるが、被告が正当な手続を経たと主張するその審議過程においても恣意に流れること多く原告の権利を不当に侵害する様凡そ衡平とは相反する審議を行つているのである。即ち、被告は原告に十分な弁明の機会を与へたと云ふけれども、原告が被告組合からその除名を始めて知らされたのは原告の除名が最終的に決定された組合員定期大会の前日五月二十二日突然同大会への出席要請書を受け取つたときであり、それ迄は何も知らされていなかつたのである。而も右通知は「右大会で貴殿に対する統制関係について審議されるので出席され度い」旨の極めて簡単なものであつて、原告を除名するべき理由について具体的には何等触れるところがなかつたのであつて、原告が除名の根拠となつた具体的事実を始めて知つたのは五月二十三日行はれた右大会当日の朝大会会場入口で渡された大会資料を会場において読んだときである。(これとてただ抽象的激越な文句が連ねてあるだけで、原告の如何なる行為をとらへてかく判断したのか思い当る節はなく益々困惑する許りであつた)従つて原告としては大会に臨む迄何ら自己の懲戒処分問題の内容を知らず全く弁明についての基礎知識に欠けていたのであり、たまたま大会当日に弁明を求められても自己の所信を十分述べ被告組合の除名事由としていることの不当性を完全に論駁することは不可能であつた。しかも弁明の機会は本来提案に次いで与へらるべきであるにも拘らず原告が大会席上与へられた時期は大会が殆ど終了し、被告組合執行部や代議員の激しい論調(中には何かと抽象的で不正確な一般論を述べて巧に原告が会社と通謀しスパイ行為をしていたかの如く印象づけ様とする発言もあつた)に押され大会の空気が完全に原告除名に傾いて終つた後であつて、もはや原告が如何に弁明したとしてもこれを覆すことは出来なかつたと思はれる。ましてや以上の如くその基礎知識が全くなく大会席上といふ様な重大な場所で所信を披瀝するなどの行為になれていない原告であつてみれば尚更のことである。又その事前における調査も不充分なものであり、殊に原告に対する調査の如きは被告主張の査問委員会の行動開始後の四月六、七日頃原告が知人より「辻田宅を訪問したことが問題になつているから組合に行つてみろ」と云はれ驚いて被告組合にそれが真実かどうか、又何故問題になつたのか等の事実を問ふべくかけつけ、当時組合の執行部員で査問委員長であつた江上(原告は当時同人が査問委員長であることを知らなかつた)に逢つたところ、同人は原告に対し言葉を濁して何ら答へることなく、却つて原告が質問する為に話したことを一寸メモしただけで後日査問委員会が原告につき調査をした結果明かになつた事実であるかの如く報告し、被告組合は原告に対し故意に事実を隠蔽しているのである。いはんや被告組合から原告に対し積極的にそれを知らせたことはただの一度もないのである。にも拘らず実質的には原告除名を決定的にした第百五回代議員会においては右江上に対する原告の言動が「査問委員会そのものをペテンにかけたようである」と事実を捏造し情状酌量の余地なきことの立証に用い又原告を除名した大会においても被告組合の黒田書記長は第百五回代議員会前に本人に反省の色が見えて謝るようなことがあればかような決定はしなかつたであらうと述べているが、前述の如く自分の懲戒を代議員会で審議していることは露知らず又現実に被告組合から知らされもしなかつた原告にそれを求めるのは不可能を強ゆることでありこれ亦全く原告を除名する様に大会の空気を動かそうとする気持から故意に事実を敢へて曲解してなした発言としか考へられない。又原告は前述の如く何ら事情を知らされず、その審議過程においてもただの一度も自己の所信を明かにする機会を与へられず、ただ大会の最後において弁明の機会が与へられたに過ぎないのに反し、告発者たる下薗(同人は松尾から事実に反する「下薗余り表面立つて組合運動をやらん方がよいぞ、会社からにらまれるぞ」とか「山村は松尾の払より下薗を出してしまへと云つた」とか云はれたのを軽信してこれに憤激して原告を告発したのである)は原告懲戒を審議した全過程に参加の上、原告をより重い懲戒にすべく働いているのである。このことは全く一方的な審議であつて甚しく当事者の公平を破るものであるが、ましてや現在の組合活動を客観的に眺めるに過激な意見は仮令それが数においては少くとも穏健な意見の者をこれに傾かせる決定力をもつている現状に鑑みれば尚更のことである。凡そ除名なる行為は被除名者を組合から追放し組合員としての身分を剥奪する行為であつて、組合員たる者の最も大なる苦痛を感ずるものであるのみならず。本件の如く会社と組合との間にユニオンショップ協定が結ばれている場合における組合員の除名は同時に会社からの解雇となり直ちに被除名者の生存権を脅かすことにもなる極めて重大な処分である。従つて組合員の行為が著しく反規律的或いは反労働者的或いは反組合的であつて団結権の存在理由に照らしその組合員を組合内部に存在させておくと到底組合の団結を図ることが出来ず規律も保持出来ず、却つて組合組織を弱体化し組合の自己防衛上極めて有害なような場合でなければ除名処分にすべきではない。仮にやむなく除名権を発動せんとする場合においても組合員個人の基本的自由や組合員たる地位に基く諸々の権利と組合の統制権との調和が十分配慮さるべきでありそれを決議するに際してはその決議方法の如何は単に技術的問題に終始するに非ずして組合規約に明文の議事規程が存する場合においては決議の公正を図るためそれを必ず遵守すべきであり、又本件の如く規約に明文の議事規程を欠く場合においては条理に基きいやしくも被除名者の権利を不当に侵害せざる様慎重に議事を運営し以て決議すべく、もしこれに違反すればその決議は無効と云はなければならない。しかるに本件の場合被告の主張する除名事由の実質及びその審議経過は前述の如くであつて何れの点よりするも本件除名は無効と云ふ外ない。

仮に百歩を譲り原告に被告が主張する如き行為があつたとしてもそれは組合の団結を著しく阻害し組合の存立を危くする行為と非難するに値しない程度のものであつて、これを以て原告を除名処分に附したことは行き過ぎも甚しく無効なものであると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張事実中、被告は訴外住友石炭鉱業株式会社潜龍鉱業所の従業員を以て組織する労働組合であり、原告はかつてその組合員であつたこと、被告組合が原告主張の日時に原告を組合規約第八十三条第二号、第三号によつて除名したことは認めるが、被告組合の原告除名は次の如き理由に基き充分な手続を経て為されたものであつて、正当である。

即ち、被告組合は昭和二十八年春以来日本炭鉱労働組合(通称炭労)の行動方針に従い各職場の労働強化反対、職場民主化闘争を推し進めていたが、二十九年春季賃金闘争は炭労の統一闘争の一環として行われ、被告組合も炭労傘下の一支部としてこれに参加、原告が長をしていた第三水平一号払も被告組合の指令によつて右闘争に参加した。炭労によつて採用された主要な闘争戦術は時限スト、原炭搬出拒否、拘束八時間、一齊一時間休憩などであつた。そして右の闘争戦術を実施する為炭労は各傘下組合に対して炭労指令第二十九号を流し、更に昭和二十九年一月十九日付で「指令第二十九号に関する指示(A)」を出す等その後も右戦術実施に万全を期し又被告組合も採炭職場委員会を中心に周到な準備を整へ同年一月二十八日炭労傘下の全労働組合は争議に突入した。一齊一時間休憩も勿論この日から実施された。ところが争議突入のはじめから被告が責任である山村組では右一齊一時間休憩が守られてない旨同職場から報告されて来たので闘争指令の実施状況を点検することになり一月三十日闘争委員の黒田、下薗が山村組の作業現場に赴き、その日も右違反の事実を確認し、更に翌一月三十一日職場座談会(これには山村も出席した)でそのことを話合つた末闘争に入つて間もないことでもあるといふので将来の指令遵守を誓い会つて閉会したが、山村組の右違反はその後も三月初旬他の組と同じ場所で作業をする様になる迄続いた。

ところで、一齊一時間休憩闘争は春季賃金闘争の戦術として採用されたものであるが、時限ストや原炭搬出拒否などの闘争戦術とは異る特別の意味をもつていた。即ち労働基準法や労働協約の保障する一齊一時間休憩をかちとることによつて労働組合は職場の根強い封建制を排除し作業環境を民主化しようといふことを併せて意図していたのである。だからこそ時限ストや原炭搬出拒否闘争は炭労対石炭鉱業連盟の中央交渉が妥結すると同時に中止されたが拘束八時間や一齊一時間休憩闘争は右交渉妥結後も職場闘争の一環として各山元独自で続行することになつたのである。したがつて、この闘争指令に従はないことは労働組合員としてこの上ない裏切り行為であり重大な統制違反になるのである。而も原告は被告組合の下部組織として闘争指令の完全実施につきその教育宣伝活動に最も中心的に働かねばならず、又直接の責任を負ふべき前記採炭職場委員会の副委員長で他の組合員を指導して組合の闘争指令に従はせなければならない責務を負つて居り、且山村組の責任者として四十教名の組員の作業を指示し指揮する立場にあつたのであつて、結局原告の違反は他の山村組所属組合員の違反を強いるものでその責任は重大であり、これはそれ丈で除名処分に値するものであつたが、組合としては原告の反省に期待してこれをしなかつた。これが第一の除名理由である。その二は辻田係長宅における原告の反組合的言動である。原告は昭和二十九年三月十四日夕刻他の組合員訴外松尾貞記と共に組合のとつている闘争戦術についての不満を話す為に会社側である辻田砿務係長宅を訪れわざわざ川副砿務課長迄も呼んで貰い、その席上自己の闘争指令違反に批判的であり熱心な組合活動家であつた組員林田、川口等の個所変へを要求し、更に前記組合の闘争戦術を批判したのであつて、而も右言動は前記の如く炭労対石炭鉱業連盟の中央交渉が妥結しいよいよ山元における賃金闘争に移らうといふ時期であり、炭労の統一指令による時限ストや石炭搬出拒否闘争は終つていたが、拘束八時間一齊一時間休憩闘争は依然として続けられており、被告組合では近く始まる山元闘争の態勢を整へるのに忙殺されているといふ重要な時期において為されたのであり、(尤もその際原告が相当酒を飲んでいたことは認められるが未だ前後不覚といふ程ではなく又同行為は酒の上といふことで済まされるような性質のものではない。)これ亦労働組合にとつて重大な裏切行為としてそれ丈で除名処分に値するものである。而も原告はこの行為についても何ら反省の色を見せず又同人にそれを期待することも出来なかつた。

以上二個の除名理由はそれぞれ独立した別個のものといふより互に関連し合つて組合の弱点を会社側にさらけ出し、組合の闘争態勢を内部から突きくずして組合の統制を乱す役割を果すものであり、組織の強化を願ふ被告組合の立場から見るとこの二つは更に第三、第四の反組合的裏切行為を産み出す危険を充分はらんでおり、被告組合の団結をゆるぎないものとして維持する為には原告を除名する以外に方法はなく、ここに本件除名を決定するに至つたのである。

以上が原告を除名した理由であるがこれは、又次の如く正当な手続を経て行はれた。即ち、昭和二十九年四月二日被告組合の第百四回代議員会の席上下薗勲代議員より「山村発言に関する件」の緊急動議が提出され、三月十四日の辻田係長宅における原告の発言が組合の統制違反問題として論議され、その結果この問題を調査する為査問委員会を設置することになつた。査問委員には現執行部全員があたり調査の結果は同年四月二十九日第百五回代議員会に報告され、その際右報告の辻田係長宅における原告の言動のみでなく同人の一齊一時間休憩闘争時における統制違反行為も論議された。そして採決の結果三十二対二をもつて原告の行為は組合規約第八十三条第二号、第三号に該当し、その処分は除名にすべき旨を大会に答申することを決定し、昭和二十九年五月二十三日第十五回組合員定期大会は右代議員会の答申に基き本人にも弁明の機会を与へ二時間半に亘つて前記二個の除名事由について論議を闘はせた上全員の無記名投票を行つた結果、除名賛成五百二十五票、除名反対三百三票、白票四十三票、無効九票といふ結果が出て、ここに原告の除名が決定したのであつて、この間における調査並に論議は何れも充分慎重になされた。

以上の如く本件除名はその理由においても手続においても正当であり除名の無効を主張する原告の請求は棄却さるべきである。又原告は仮りに何らかの統制処分を受けるとしても除名処分は過酷だと主張するけれども、労働組合の組織現象としての統制処分は組合の自主的立場に基いて行はれなければならないのであつて司法権がこれに介入する場合も労働組合が民主的方法で自主的に除名を決定した以上それが甚しい事実の誤認に基く場合又はその処分が著しく社会通念に反して過酷な場合だけに限らるべきで単なる当、不当を問題にすべきではないと述べた。(立証省略)

理由

被告は訴外住友石炭鉱業株式会社潜龍砿業所の従業員を以て組織する労働組合であり、原告は同砿業所従業員で昭和二十九年五月二十三日被告組合の大会決議により同組合規約第八十三条第二号及び第三号に該当するとして除名され、それ迄はその組合員で同砿業所の第三水平一号払の責任者であつたことは当事者間に争いがなく、又原告は前記会社から会社と被告組合との間に結ばれている労働協約のユニオンショップ協定に基き被告組合から除名されたが故を以て解雇され現在に至つていることについても被告の明かに争はないところであり、弁論の全趣旨によればむしろこれを認めているものと判断される。

原告は右除名の効力を争ふので先ずその除名理由について判断する。原告は被告が除名事由として原告の辻田係長宅における言動と併せて同人の一齊一時間休憩違反を主張するのは信義に反し不当なる旨主張するので按ずるに、証人内川玉喜の証言によつてその成立の真正が認められる乙第十、乃至二十一号証によれば原告除名の導火点となつたのは同人の辻田宅における言動であつてその後も主としてその点が論議され、一齊一時間休憩違反の点は情状としてとり上げられたものであること原告主張の通りである。けれども、情状としてとり上げられたからと云つて必ずしもそれが除名理由にならなかつたと云へないのみならずむしろ右各証拠によつて認められる代議員会及び組合大会における論議の底には辻田宅の発言も一齊一時間休憩違反と表裏をなすものとして判断されていることが認められ、原告の右主張は理由がない。

そこで被告の掲げる二個の除名事由について考へて見ると、先ず一齊一時間休憩違反の点については、証人蛯谷武弘、長谷川弘の各証言成立に争いのない乙第十、十五号証、証人黒田光雄の証言によりその成立の真正を認め得る乙第一、十六号証、成立に争いのない甲第四、七、八ノ二、九ノ二、三号証によれば被告組合はその所属する日本炭鉱労働組合(通称炭労)の昭和二十九年春季賃金闘争に炭労傘下の一支部として参加し現実のスト行為としては同年一月二十八日より三月八日中央交渉の妥結迄時限スト、原炭搬出拒否、拘束八時間厳守、一齊一時間休憩が行はれたが、特に一齊一時間休憩は右どの種のスト期日においても実施され結局スト期間中は連日行はれたことが窺はれる。そこで原告の右一齊休憩一時間の遵守状況について考へると、証人大曲重夫、税所信義、黒田光雄、藤本勇、隈部竹十及び同下薗勲の各証言によれば、原告は右スト開始の一月二十八日から三月初旬他の払と同じ現場で仕事をする様になる迄、その間一月三十日には黒田闘争委員等の点検及び注意、更に翌三十一日には職場集会における注意を受け乍らも引き続きこれを守らぬことの多かつたことが認められ、右認定に反する原告本人訊問の結果は措信出来ない。もつとも証人空閑誠の証言によれば一齊一時間休憩を守らなかつたのは必ずしも原告の払だけではなかつたものと認められ、前記各証言中これを守らなかつたのは特に二月になつてからは原告の払のみであるとの供述は必ずしも措信出来ないが、同じく守らぬといつても原告の場合は前記乙第二十一号証中黒田発言によつて認められる原告の一齊休憩一時間の戦術採用当初における批判的態度並に後記認定の如く三月十四日の辻田係長宅における依然としての批判的態度等を綜合すれば、単に事実上指令の守られぬことがあつたといふ以上に根本的な根強い反組合的態度の現れとみることが出来る。而も原告が払責任者であつたことは当事者間に争いがなく又証人黒田光雄、藤本勇、下薗勲の各証言によれば、原告はスト指令の徹底を計ること等を任務とする採炭職場委員会の副委員長であつたのであるから右指令違反の責任の大なることを論ずる迄もない。

次に、辻田係長宅における言動については証人松尾貞記及び同辻田善美の各証言及び成立に争いのない乙第二十八、二十九号証を綜合すれば、原告は昭和二十九年三月十四日採炭小委員会が流会となつた為午後四時頃より「ひぐれ食堂」において他の払の責任者である訴外松尾貞記と飲酒した際同人と一齊一時間休憩などについて会社側との間にあつての責任者としての辛さなどを話し合つている内に「上司のところに行つて何かよい話はないか話して見よう」と原告から松尾に誘いかけ稍逡巡する同人と共に会社側である訴外辻田砿務係長宅に赴き態々川副砿務課長をも呼んで貰つて同所で共に飲酒し乍ら右係長及び課長を前にして自己配下の林田、川口外数名(何れも組合の組合の組員等として組合活動に熱心であつた)の批評をし「気の合はぬものを替えて欲しい。そうすれば明日からでも貴方達の思い通りになる」と、その氏名をメモした上辻田係長にも写しておく様に要請し、又「休憩一時間はどうしているか分らん。組合なんかひつくり返してやらうか」などと放言し、むしろ川副課長からたしなめられるといふ様なことのあつた事実が認められる。ただ右辻田宅においては原告も相当の酩酊状態にあつたことは認められるけれども未だ自己の行為についての認識を欠く程の状況にあつたものとは到底考へられず、以上認定に反する原告本人訊問の結果はたやすく措信出来ない。ところで右行為のなされた時期についてはそれが炭労対石炭鉱業連盟の中央交渉が三月八日に妥結し同年四月十九日より山元交渉が始まる迄の間であつたことについては当事者間に争いがないが、右期間の性質については争いのあるところであるが、証人黒田光雄、長谷川弘の各証言によつても山元交渉はこれによつて各組合員の現実の賃金が決定される極めて重要なものであつて、右期間はその為の準備期間で又場合によつては何時でもストに入り得る態勢をも整へねばならず、言はば準闘争態勢とも云ふべき大事な時期であつたと認められ又現実にも結局前記山元交渉は決裂し同年五月十三日にはストに突入しているのであり又一齊一時間休憩など所謂遵法闘争はその間依然として続けられていたのである。

又以上の行為について原告に反省の色がなかつたとの点については一齊一時間休憩違反についての反省のなかつたことは前記認定事実そのものよりして明白であり又辻田宅の件については、前記乙第二十二号証によつて認められる査問委員会による調査時における原告の発言内容によつても認められるところである。

以上被告の除名事由とするところは一齊一時間休憩の持つ意義(この点については被告の主張だけでこれを裏付けるべき証拠はないが、かかるスト行為自体の持つ意義はその主張自体荒唐無稽なものでない限りそのスト方針をとつた当事者の意思に委ねらるべきであり、又その述べるところは寔に当然であつて何等加ふべき点はない)と原告の前記行動の特質、辻田宅における発言内容とその時期、原告の組合及び会社内における地位等を併せ考へるときその行為は組合の団結を紊し、組合の闘争態勢を阻害したものであつて、従つて又団結を欠く組合として対外的な名誉をも毀損したものであり、当然成立に争いのない甲第五号証の前記組合規約第八十三条第二号、第三号の統制条項に該当するとみるのが相当である。

ところでユニオンショップ制下の組合員除名についての原告の所論は寔にその通りであり本件の場合原告の行為は辻田宅の件については前記認定のように前後不覚と迄は云へない迄もかなりの酩酊状態にあつたことが認められ、又これ等が結果的な面は別として原告としては殊更積極的に組合の統制を紊す目的をもつて為したものとは認められないこと、更に前記組合規約第八十三条によれば懲罰として除名の外に権利停止の制度をも認めていること等を綜合勘案し、申請人の前記行為により組合の蒙つた損失と除名処分の申請人に与へる影響とを比較検討すれば本件の場合その制裁として申請人を除名処分するのは客観的にはいささか苛酷に失するとの感を免れないが、他面組合員に制裁に該当する違反行為のあつた場合これに如何なる制裁を科するかは組合が自主的に決定すべき事柄であることや、申請人の前記行為が被申請人組合の前記闘争態勢中のものであり而もその処分も右闘争中の組合により為されたものであること等をも考へ合せれば必ずしも右除名処分が著しく妥当性を欠き苛酷に過ぎるものとは認め難い。

そこで右除名手続が正当になされたかについて考へると、前記乙第十八乃至二十一号証及び証入内川玉喜、黒田光雄の各証言によりその成立の真正が認められる乙第二十二、二十三号証によればその形式的な手続経過は被告主張の通りであり又その論議は賛否両論とも極めて活溌になされている事実が認められる。原告は被告組合は大会前日迄右審議が行はれていることにつき何ら知らされるところがなかつたと主張し、又形式的な意味の通知が為された証拠はないけれども、前記乙第二十二号証によれば査問委員会の発足した四月五日には原告は組合に行つたが調査前のため後日来組して貰ふといふことで一応帰り、翌々日の四月七日組合事務所において約一時間に亘つて江上査問委員長の調査を受け、その際前記松尾の証言をもとに種々質問を受けているのであるから実質的にはこれを知らなかつたとは云へない。もつとも休憩一時間の点については知らされていないけれどもこのことについては大体においてその場になつてから発言のあつたもので原告がこれを知らなかつたからといつても何ら影響のないものと云ふべきである。又原告除名を答申することを決定した第百五回代議員会において原告の出席を求めず弁解の機会を与へなかつた点等において稍妥当を欠く憾がないでもないが、結局は最終決定機関である大会には原告の出席を求めて弁明の機会を与へているのであり、又それが最後に与へられただけで不当だとの点についても最終においてしかその機会を与へられなかつたと云ふのなら格別、前記乙第二十一号証の大会議事録によれば当初から原告の発言を許さなかつたといふ訳ではなく、むしろその討議の間に何等原告の発言がなかつた為最後になつて久原某から原告の意思を聞く必要ありとの発言があつたためここに原告が弁明する運びになつたものであることが認められる。

以上被告組合の原告除名はその理由においても又手続においても正当であるから、その無効確認を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 山口民治 彌富春吉 大政正一)

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